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神武会

神武会は神武天皇にゆかりのある宮崎神宮、狭野神社、都農神社で、ご東遷記念日にあたる平成24年10月5日に発足しました。

当会ではご神徳を発揚すべく、神武天皇御東遷二千六百年記念事業(昭和九年)、紀元二千六百年記念事業(昭和十五年)で神武天皇の御聖蹟として顕彰された地であるうちの御降誕の地、御東遷にゆかりのある神社を紹介しています。

パンフレットとあわせてご朱印帳を作成いたしましたので、ご参拝の折に是非授与されて下さい。 

ホーム >  神武さん参り >  ご東遷ゆかりの地 >  立磐神社(たていわじんじゃ)
立磐神社(たていわじんじゃ) 高ヒット [地図表示]
2012/10/4 14:10 投稿者: office (記事一覧) [ 9878hit ]

美々津はご東遷の際、お船出の地として顕彰されている。
立磐神社はこの時航海の安全を祈念されて、この埠頭に海上守護神である底筒男命、中筒男命、表筒男命の三柱の大神を奉斎してのにちなんで、第十二代景行天皇の御代に創祀されたと伝える。永禄の頃(1558~1570)より地頭の崇敬があり、祭礼神事行事も整い殷盛となっていた。しかし、天正六年(1578)に至り大友氏との耳川の合戦の為戦火にかかり、宝物貴重なる文献記録等烏有に帰した。
棟札によれば元和六年(1623)、寛文八年(1668)、宝永二年(1705)、享保九年(1728)、享和九年(1903)に再興されている。高鍋藩秋月氏の崇敬も厚く、貞享三年の「高鍋藩寺社帳」によれば、神領七石五斗を有していたとあり、その後も神事ある毎に寄進を受けていた。さらに境内には神武天皇御腰掛岩があり、今もご聖蹟として崇拝している。往古より立磐権現あるいは立磐大明神と称してきたが、明治初年立磐神社と改称し、同四年郷社に列せられ、同四十年二月神饌幣帛料供進社に指定された。
昭和9年の神武天皇ご東遷二千六百年記念事業として、境内の拡張、社殿の修築をなし、記念碑が建立された。さらに置きのお船出の瀬戸に永久に神のみあかしを献灯する意味で、竜神バエに岩上に住居灯籠を模した灯台が設置された。
昭和17年、境内には、時の内閣総理大臣であった海軍大将米内光政の揮毫による「日本海軍発祥の地」の記念碑が建立された。またご東行巡路漕舟大行軍を挙行した。これは神武天皇ご東遷の際のご使用の船を形って新しく船を造り、「おきよ丸」と命名し、日向国の青年150名が漕舟して昭和15年4月18日美々津港を船出し、途中天皇がその昔寄港されたという由緒あるところに寄港しながら、某月28日浪速(大阪)に上陸、御楯を捧持、陸路橿原神宮に奉納した。

ご社殿
ご社殿
海軍発祥之地碑
海軍発祥之地碑
顕彰碑
顕彰碑
地図  [KML] [地図表示]
電話番号(0982)58-1638
FAX番号(0982)58-1638
郵便番号889-1111
住所宮崎県日向市美々津3419
御祭神底筒男命(そこつつおのみこと)
中筒男命(なかつつおのみこと)
表筒男命(うわつつおのみこと)
神武天皇(じんむてんのう)
社殿本殿(切破風造)2.7坪 拝殿(入母屋向拝 唐破風造)23坪
創立年月日不詳 景行天皇乙酉と伝える
駐車場有り
最寄り駅からのアクセスJR美々津駅より車で約5分
最寄ICからのアクセス日向ICより南へ車で約20分
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